| 黒味 傳
1941年、島根県美保関町生まれ。
1958年、今橋クラブ料理の道に入る。
横浜プリンスホテル
東京銀座レストランネランジエロ
大阪化学繊維クラブ
福井国際カントリークラブ
ユアーズホテルフクイ
フランス プラザアテネホテルで研修
現在 レストランジャルダン
代表取締役副社長・料理長・総支配人
全日本司厨士協会福井県本部会長
中部シェフ同好会会員
フランスシヤルトル司厨士会会員
コミテナショナル・ガストロノミーフランセーズ会員
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ふくいの達人たち(フランス料理)
・・・・・福井新聞1999年3月17日の記事より・・・・・
舌で味わい喜びが込みあがる、五感に訴えてくるという料理がある。
黒味傳さんは、そんな料理を求めてやまないベテランシェフだ。
福井のフランス料理普及に多大な功績を残し、1996年世界料理オリンピック
では、本県選手を銅メダルに導いた。
ちょっと話をしただけで料理にかける強い情熱が、
びんびんこちらに突き刺さってくる。
現在は高級フランス料理店(文京4丁目)の総支配人兼、料理長。
時には海外の大使も訪れる評判の店だが、その裏に
「休日には必ずスーパーへ足を運び食材を研究する」という
努力、試行錯誤の積み重ねがあった。
島根県美保関町の生まれ。知り合いに請われ、1965年の県民会館食堂
開業に関わった。当時、横浜で同じ職場にいた「料理の鉄人」
石鍋裕さんも、黒味さんを慕って一緒に県民会館へ。
その後いったん戻るが、74年から金津町のゴルフ場レストランの料理長。
さらにユアーズホテルで16年間、料理長として腕を振るってきた、
知る人ぞ知るシェフである。
料理人になろうと決めたきっかけは、「中学時代おばさんに連れられ
行った大阪の洋食屋のオムライス」だとか。
中学卒業後、大阪のレストランで5年間見習の後、
全国数々のレストランで修行した。
「負けん気が強く、とにかくがむしゃらに勉強したな。先輩の
使った鍋が調理場から流し場へ行く一瞬、こっそりソースをなめました。」
心底ほれた仕事だが、すさまじい情熱を注ぐためプレッシャーやストレスで
夢にうなされることも少なくない。
それでも「つらいときは“仕事”を“私事”と思えという先輩の
言葉を思い出す。一生白衣を着ていたい」という。
脱ぐときは「あの世に行くとき」と言った。
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